達人のボヤキ

道を極めた達人、例えば私の師匠でもあった欧陽敏師母は、アメリカを訪れる京劇や武術Wushuu、ウーシュウを世界を駆け巡り超一流の文化芸術を見たいと言うので、私が車でお連れすると、誰の目にも素晴らしいパフォーマンスをして私もビックリして見ていたのであるが、帰りの車の中で私が今日はどうでしたか?と聞くと、答えはいつも決まっていた。「プーハオ不好!」である。ずいぶんと傲慢だなあとその時には思ったのであるが、私が教授を始めてから私の周りの武術家やオリンピックの代表選手を見るたびに私自身もこんなことくらいで師範と自称したり、ホントに金メダルを取ることができるのであろうか?とけなしたくなっている。私の道場から出た ニセモノ師範や大瞑想家が道場を開いた後には余計に私も「プーハオ」と思うようになった。私であっても、途中、このまま死んでしまうのではないか?と思うほどに訓練していたし、その証拠に私の左脚を一本ダメにしている。師母は幼い頃から太極拳意拳、尤氏長寿養生功と習った師匠は三人全てが世界一の方々であったからその訓練法も特別過酷であっただろう。世界で一番の師匠から習ったならば、何を見ても、「プーハオ」と言ってあたり前なのだ。私が師母は傲慢だ、と思ったのは誤解であった。達人と呼ばれる人はどれほどの訓練をしたかわからない。今はもう故人となっているからその内容を聞くことができない。世界一を誇る者の上にはその上がある。私のマネだけして、ハイ、私もできます、ハイ、瞑想教えます!と言う者たちを師母が見たら果たして、「ハオ好」と言うか「プーハオ不好」と言うだろうか?