和を以って尊しとなす

七世紀に聖徳太子が制定して日本の官僚たちに日本人と日本の国の根幹を成す基本的要項を書いた十七箇条の憲法の第一に書かれたものである。これを以って日本人は争いを嫌い温和な特性を持った国民となった。しかるに、現代においては日本人同士が競い争うようになっていると私は思う。海外に住む日本人もまるでアメリカンのように日本人が日本人を裁判にかけて争うことも辞さず、日本人が日本人を騙してカネを奪い合う様相を呈している。誠に嘆かわしい事態となっている。理由が長年の不況のせいなのか?資本主義国となって長年経って腐敗した心のせいなのか?私には分からないが、幸せで無い者が自分の欲求を満たす為にそんなことで自分を幸せにしようとするからではないか?それでは、カネを以って尊しとなす!ではないか?売名、承認欲求など心の奥底の闇には人によって内容にさまざまな違いはあるだろうが、一貫して私に見えるものは不幸であるから和を保てない、ということである。幸せならば心に余裕ができて、他人と争うことはしない。実に哀れなことである。良くカネ持ちケンカせず!と言う。カネがあっても無くても争わずにいられるのが日本人である、と思う。スピリチャルな氣功など長くすれば他人とは争わぬはずだが、そうは問屋がおろさないのが人間の心らしい。海外に長く住むと争いの真っ只中に身を置くのでアドレナリンが絶えず放出されて戦闘モードになって心が荒んで来る。四十五年も在米経験のある私は日本に帰国して安全平和な日本がいたく氣に入り国民保険もあるし、介護保険もあるから大名のような生活に満足している。日本人と争う気持ちなど考えたこともない。私の半分はアメリカンのようで日本人を外国人の目で見ている自分を発見する。余計に大局、客観的に見ている自分が居ることに気づく。平和、健康、生きていく為の最低限のお金は人を幸せにしてくれる。尤氏長寿養生功は心を温和にして健康長寿として、完成した氣功整体によって老後になっても身を保つ手段を与えてくれるのでとてもありがたいと思う。