共有と社会貢献

私が生きているあいだに社会的に、日本人であるから日本に、また世界の国でお世話になったその国の人々に私が貢献できることは、大袈裟ではなく私の生命を懸けて習得した尤氏長寿養生功と私はその氣を応用して三十年の治療経験のワザを人々に伝えて共有することである、と思っているこの頃である。その行為は自分の遺伝子をこの世に残す行為と同じことでも無いか?と思うのである。尤氏によって最大の幸せを手にした私は殺人競争の武術から活人救命の医術へと尤氏長寿養生功を昇華させて社会貢献の方法を考えて来た。私の中医師の資格をカリフォルニアで取得して三十年のあいだ治療院を開設していたことで患者の病いを完治した時の笑顔がとても心に残ったのを忘れていた。私にはチカラがある。そのチカラを埋もれさすのは勿体ないことになるだろう。私が死ぬ前に師母が私に託したように私も誰かに私のワザを託さなくてはいけない歳に私もなった。私の個人的な希望ではあと五十年ほどの時間でできるだけ多くの人々に私のワザを伝えたい。社会貢献できるという想いが私をもっと私の人生を意味深いものにしてくれていると思うと私はさらに幸せになる。