神と人の融合神人一致

手かざしの研修会に参加して私の膝が奇跡的に回復して正座ができるようになった私は、大いにインスピレーションを受けて、以前大本教の七十五年の信者であった難波先生から氣功の氣は神のエネルギーであるとの教えを受けて古神道の秘術であった手かざしに医者の手に負えぬ病いとケガを治す方法とチカラがあることを理解した。文明の発達した現代において神のエネルギーなどと言ったら世の人々には信じない者たちがほとんどであるが、今でも西洋の国ではスピリチュアルヒーリングと言うものがあり、末期ガンや医師の診断によって見込みの無い難病患者が完治している。医学的な説明は出来ない。が治って、歩けない患者が歩いて、挙がらない腕は挙がっているのである。患者にとっては医学的な解釈は必要無い。不自由な暮らしが自由になればそれで良いのである。私も氣功と整体によって国指定の難病の治癒に成功したが、手かざしによって私の膝は深く曲がるようになって正座ができるようになった。もちろん以前のように二時間くらいの正座はまだできていないが、格段に良くなっていることは事実である。人が修行して持つ氣功の氣のエネルギーが神のエネルギーであるとすれば、究極には神のエネルギーと融合するのは当然のことであろう。神道でいうところの神人一致はこのことを指していたのではないだろうか?神の領域とか神技とかいうものは人の鍛えたワザが氣のチカラを得て可能となるものであった。山に登るのにはいろいろな登り方がある。私の氣功の氣の究極が神のエネルギーに限り無く近づくことであるなら、今私が手かざしを習い、西洋のスピリチュアルヒーラーとつながって行くのは偶然ではなく、必然なのである。古代神道の神も西洋のキリスト教の神も同じ天地創造の神であるから西洋も東洋も無いのである。