その男凶暴につき

サンフランシスコの師母の道場には、氣の狂った者が在籍しており、時折事件を良く起こしていた。一番迷惑していたのが白人アメリカンの男であった。外見からはそんな風に見えないが、指圧師で太極拳の先生であることを唯一の自慢としていた。ある日、私と懇意にしていた中国人の私の先輩と道場に来ていた時にそいつがやって来て、私の先輩が古参で道場の筆頭であったのを知るとこのキチガイアメリカンがまるで挑戦するようにチカラいっぱい押して、押して、押しまくってケンカのようになって先輩のメガネが吹っ飛んでしまい床に落ちたので踏まれないように私がすぐに拾い上げていた。身体が大きくなっても中身は幼い小学生の感情を持つアメリカンは競争心が想像を絶するほど強い。この時からこの太極拳キチガイ大先生を、私は警戒していたのである。自分より実力ある者を見ると嫉妬するらしい。嫉妬心強く、競争心も人一倍強ければ、相手が誰でも蹴落とそうとする精神的欠陥を持つアメリカンはいっぱいいる。その時は私がまだ新米で基本を学ぶことで精一杯だったので、このキチガイと私が後になって師母の前で大喧嘩をすることなど予想だに出来なかった。師母の教え方は道場生を競い合わせて武道的なチカラをつけさせようという方針であったので、チカラのある者は当然挑戦を受けることになる。世界各国から習いに来ていたので、私もその雰囲気の中で日本の代表としても負けることは出来なかった。私がだんだんチカラをつけて頭角を現して来ると、このキチガイの私を見る目が変わって来る。明らかに態度がおかしくなり、ついには私がジャンプする時には師母の隣に座って師母の目線で私の震脚を見学するようになっていた。私が毎日来て練習するから上達が人より速くなっていたのである。コイツの魂胆はすでに分かっていたが、あまりに露骨で無礼な態度に私がついに切れてしまい、そんなことをするのを止めろ!と大声で怒鳴ったら、「何のことだ、」ととぼけるので、英語で相手を罵る知ってる限りの悪い言葉をコイツに浴びせて、外に連れ出して一発殴ってやろうと思っていたが、殴れば裁判沙汰になり法外な慰謝料を取るのが白人アメリカンの常套手段なので思い留まり、なぜこんなバカなことをするのか?と訊けば、一言で「Jealousy 」と言う。バカでキチガイの行動をするのも呆れてしまうが、その理由を聞かれて「嫉妬」だったと恥も無く答えたことにもっと呆れてしまったことを思い出す。アメリカンが怒りや嫉妬心を抑えきれずに銃を使用するケースがこんなバカげた理由であった、と思うと危なかった事件ではある。日本人なら理性が感情を抑えてそんなところまでは行かないだろうが、感情と思考は国家人種によって違いがあるからよほど注意しておかねば、生命の危険もあるのだ。そんなアメリカを脱して安全な日本に戻った私は氣が楽になっている。もっとも、精神が、氣が狂った者は日本にも居ることを忘れてはいけない。他人を蹴落としてもカネやモノを欲しがる我利我利亡者はアメリカだけでなく、日本にも居るのだから。