勁の秘密

勁は空勁への登竜門とも言うべき存在で、勁ができないと空勁はできない。初めから空勁をしようというのは無謀で良く自分は生まれつきできるんです!と言ってオレもできる、オレもできると言って自分を売り込む者がいるが、身体ができていないと尤氏の勁はできるものではない。中国の氣功師が被験者を後ろ向きにして気を送りトコトコ歩くシーンを見たことがあるだろうが、我々の空勁とは全く違う。また日本で気を受けて真上に飛び上がるシーンも見たことがあるだろう。私の見るには飛び上がる者たちの体内の氣が胸近辺の高い位置にあって気を発する者の氣も上にあるからそのような現象が起きると思われる。勁を十分にこなす条件は身体を作り変える他には無い。立禅によって筋肉の細胞を一度壊して新しい細胞を入れ直すのである。その為には時間がかかるから根性を作る為に立つのではない。根性のある、好奇心の強い者だけが生き残り空勁への準備を整える。早くカネ儲けをしたい者、売名で道場を開けて師範になりたい者は脱落するから匠である師母はジッと見ている。私は練習がたのしくて、楽しくてたまらない。私の身体が一か月毎に変わっていく。私のいつもの好奇心が膨らんでいった。先輩とやり合っても、押されることもなくなった。逆に押し返す。押されても最後には勁で相手の身体を宙に浮かせることが出来るようになる。その頃の震脚ジャンプは道場一になって震脚の音は垂直に地面の下にめり込むような大砲を撃った音となって師母がニヤニヤ、ニコニコして笑みを浮かべることが多くなった。やればやるほど、上達すればするほど師母はそれに応じてもっと強い氣で私に対するようになって訓練は激化する。その時には医科学的な説明は出来なかったが、今では普通の筋肉、脂肪と白身の瞬発力しかない筋肉を持久力のある筋肉に変える作業であったことが解明されている。白身の瞬発力のある筋肉と持久力のある赤身の筋肉が渾然となってピンク桃色筋肉が形成される。魚で言うとヒラメの肉は白身で瞬発力がある。短距離走の選手が持つ筋肉である。赤身のある筋肉を持つマグロは遠距離を猛スピードで泳ぐ。私の指導員が合気道の練習に行くと、他の道場生が投げられてすぐに音を上げるが私の指導員は延々と投げられても疲れを見せずに逆に投げる方がもうやめましょう、と言うそうである。赤身の筋肉を作り、持久力が出て来たのである。この事実から、尤氏をオリンピックのラグビーレスリングで応用することは可能であると私は分析している。私にも経験がある。全力全霊全身のジャンプ震脚を三十分して他の先輩同輩が呆れ顔でウンザリした目で私を眺めていたのを覚えている。三十分しても私はまだ余裕があった。ここまで筋肉を持久力瞬発力の両方ともに形成すれば次の段階の空勁の準備が整うのである。こんな時に私は休養で行ったタヒチに於いて初めての空勁を試すことになるのであった。知り合って友達になったテッコンドーの者全員を私の泊まっていたホテルのデッキに誘い、思い切りかかって来い!と言って一人ずつ海へ触れずに投げ込んでやった。上がって来た者たちに私は担がれて頭から海へ投げられたオマケもついたが、それ以来みんなとは友達以上の付き合いができるようになって今でもその時少年であった者の子どもが二メートルを超す巨人になって、先回のタヒチでのデモンストレーションでその息子を空勁で投げ飛ばしたのである。親子二代で私に投げられて、親友となった事実は私にとっては、感慨に耐えないものがある。