私の世界構想

世界は狭くなった。地球の裏側に飛行機で飛べば一日で到着する時代になって、片手に持ったスマホで相手の顔を見て話ができるようになった。こんな時代に日本で鬱鬱として小さなことに目くじら立てていがみ合う時でも無いだろう。心と行動は大きくありたいものである。日本人の悪い癖は他人の欠点を暴き出してあれこれ批評するくせに自分からは何もしない。一億総評論家の狭い井戸の中でカエルが騒いでオレが一番偉い!と言っているような国である。五十年前も今もあまり変わらない。でも私の心も変わらない。またしても、日本を飛び出して自分のやりたいことをしたくなって来ている。以前は不足していた英語力をもっとハイレベルに引き上げたく、また少林寺拳法アメリカに紹介したい想いで渡米した。尤氏長寿養生功を教授出来る身となり、英語もどんな土地に行っても通用するほどに英語が身についた今、世界に今度は少林寺拳法では無く、究極の氣功武術の尤氏長寿養生功を拡める準備が整った。ハワイでは七月に日本では九州から尤氏長寿養生功の講習会を開催する計画を立てている最中である。おそらくはコロナの熱冷めやらぬうちに私はタヒチに出発して、タヒチに生活の拠点を築きヨーロッパ進出の機を窺うことになるだろう。振り返ってみれば、仙台の東北弁しか出来なかった私が東京の大学に入学して生馬の目を抜くアメリカに行って四十五年も住んでしまった後に日本に帰国して浦島太郎状態になっていた私が今度はタヒチに移住しようとしている。よほど日本で住めないようになっているらしい。私の頭の中には世界構想があって世界地図の中の南太平洋、アメリカ、ヨーロッパの地図が目を閉じるとまぶたに浮かんで来る。覚えなくてはいけない言語がまだある。フランス語、ポリネシア語などは私にとって必須である。ポリネシア語は母音が日本語のそれと似ているのでそんなに習得するのに時間はかからないだろうが、フランス語がクセ者である。発音が難しい。ラテン語が基礎になっているからどちらかと言えば、イタリア語、スペイン語に似た言語である。聞いた話では文法がとても複雑らしい。小学校に聴講生で入らせてもらう予定なのだ。仕事があるから毎日は行けないが、出来るだけ時間を取って通うつもりではいる。小さな島でのんびりと子どもたちとワイワイ騒いで過ごす時間も楽しいことになるだろう。